# スクールカースト最下層からの提言
中学校からの友達とパンケーキを食べに行った。
こんな充実を絵に描いたような休日を送れるとは中学時代の私は思わなかっただろう。
会社と家の行き来ばかりしていると本当に話すことがないのだけれど、変に話を振らずとも変わらぬ友情がそこにはあったと思う。
中学校にいい思い出はない。
- 走り始めたオタク魂
一人っ子かつもともとポケモンやアニメが好きだった私はみるみるうちにクラスの日陰者になっていった。
当時流行っていたアニメの替え歌を作ったり、地味グループのなかでの中心という立ち位置を得たりしていた。
当時は運動部に所属していたが、運動神経がいいほうではなかったので途中からなぜ所属しているのかもわからない状態だった。
それでも内申書のために3年間所属していたので、続ける能力はあるらしいことがわかった。
- 恋愛の仕方がわからない
恋する乙女というかもはやストーカーだったため今すぐ当時の自分を更生させたい気分である。
小学校の卒業アルバムを見て好きだった人の住所近辺を歩いたり、教室でちら見したり(もちろん話しかけられない)
どうぶつの森64でどうぶつに手紙を書くときに好きだった人の名前を入れたり本当にひどいもんだった。
当然彼氏はできないので、友達のデートに家が近いという理由で同席するなど謎の行動で青春は終わった。
- 嫌われる
とにかく男子に嫌われていた。
ここから本当に自分に自信がなくなってしまう。
成績だけは無駄に良かったことと思ったことを結構言ってしまうタイプなので浮いてしまったらしい。
通るたびに笑われたり裏あだ名などをつけられて悪口を言われる日々であった。
当然加害者は野球部やサッカー部などの目立つメンバーなので勝てるはずはない。
当時インターネットが発展していなくて本当に良かったと思う。
高校に行けば離れられるので三年生後半は耐えた。
どのように持ち直したのか
まず高校に行ってクソコミュニティから離れたことが一番大きかった。
自分の知らない世界や知らない人と出会えたし、当時自分と仲良くしてくれた人だけを大切にした。
自分にとって不要な人間は切り捨てていくのだ。
今でも一番仲がいいのは中学校時代からの友達だ。本当にありがたい。
次に人間関係の見直しを行った。
これは人によって付き合い方を変えることだ。
ノートを見せるなど勉強だけの相手。
趣味を思い切り話せる相手。
家族やプライベートのことも話せる相手。
など自分の立ち位置を分けていくのだ。
友達がたくさんいることは楽しいし羨ましいが、一生続く相手ではない(むしろ相手もそう思っている)と割り切って関係を続けるのだ。
最後に好きなものを見つけることに重きをおいた。
オタクだろうがなんだろうが好きなものを好きと言うことだけはやめなかった。
高校に入ってからはブログも始めたので好きな音楽やアニメなどをひたすら語っていた。
そう。自分が自分であることに自信を持つことが大切なのである。
よってスクールカースト最下層でも現在普通の人間のふりをして生活することができるのだ。
恥ずかしいことがあったらそれはいつか笑いに変えればいい。
辛いことがあったらSNSで吐き出したら共感がえられるかも!
もちろん社会に出たら自由にできることは少なくなるので、耐える場面や取り返しのつかない場面に出くわす可能性も高まる。
しかし、根底にもっている自分というもののブレがなくなればある程度のことは耐えられるようになるのだ。
人間は所属するコミュニティによって人格が変わる。
むしろそれを武器にしてどんどん変わっていけばいいのである。
学校で辛いことがある少年少女よ!
夏休みだ!大いに自分を開放せよ!
珍しく教育番組とかそういう記事を見ちゃうとこういうこと書きたくなるんだよね。